COLUMN

広告クリエイティブの「A/Bテスト」完全マニュアル|感覚ではなくデータで勝利する

2025年10月12日


「渾身の広告クリエイティブが、全く響かない…」「CPA(顧客獲得単価)が日に日に高騰し、大切な広告予算がまるで溶けるように消えていく…」

デジタル広告の運用に携わる方なら、誰もが一度はこんな悪夢のような状況に、胃の痛い思いをしたことがあるのではないでしょうか。

正直に告白します。私自身もWebマーケティングの世界に飛び込んだばかりの頃は、センスとひらめきこそがクリエイティブの全てだと、本気で信じていました。徹夜して考え抜いたキャッチコピー、心血を注いでデザインしたバナー広告。しかし、そんな「自信作」が、驚くほどユーザーに無視され、無慈悲な数字を突きつけられる。あの、自分の才能そのものを否定されたかのような悔しさと無力感は、今でも鮮明に覚えています。

この暗く長いトンネルから私を救い出してくれたのが、今回ご紹介する「A/Bテスト」という、極めてシンプルかつ強力な手法でした。これは、クリエイターの感性を否定するものでは決してありません。むしろ、私たちの主観的な「きっと、これが好きだろう」という希望的観測を、客観的で揺るぎない「やはり、これが成果に繋がる」という確信へと変えるための、極めて論理的な羅針盤なのです。

これから、私が数々の失敗と成功の現場で培ってきた知見を基に、A/Bテストの基本的な考え方から、明日から実践できる具体的な設計方法、そして多くの人が陥る罠まで、あなたの広告運用を「ギャンブル」から「科学」へと進化させるための全知識を、余すところなく解説していきます。

 

1. なぜ現代の広告運用にA/Bテストが不可欠なのか

まず、基本のキから押さえましょう。「A/Bテスト」とは、一体何なのか。ひと言でいえば、広告の一部分だけが異なる2つのパターン(AとB)を用意し、どちらがより高い成果(クリック率やコンバージョン率など)を出すかを、実際にユーザーに配信して検証する、科学的な実験手法です。

例えば、キャッチコピーだけが違う2種類のバナー広告を、同じターゲットに、同じ期間、同じ予算で配信する。そして、「Aのコピーは100回クリックされたが、Bのコピーは150回クリックされた」という客観的な事実を得る。これがA/Bテストの基本です。

ではなぜ、このシンプルな手法が、これほどまでに現代の広告運用において「不可欠」と言われるのでしょうか。その背景には、無視できない3つの大きな環境変化があります。

  • ユーザーの価値観が極限まで多様化したから 一昔前のように、「テレビCMで流せば誰もが欲しがる」という時代は終わりました。SNSの普及により、人々の興味関心は細分化し、「万人にウケる」魔法のクリエイティブはもはや存在しません。あなたの常識は、ターゲット顧客にとっては非常識かもしれない。このギャップを埋める唯一の方法が、実際に市場に問いかけるテストなのです。
  • 広告プラットフォームが「データ」を求めるようになったから GoogleやMeta(Facebook/Instagram)の広告配信エンジンは、AIによる自動最適化が主流です。このAIは、私たちが提供する「データ」をエサにして賢くなっていきます。A/Bテストによって、「こういうクリエイティブの方が、うちのターゲットには響きやすい」という質の高いデータをAIに与え続けることが、結果的に配信の精度を高め、CPAを下げることに直結するのです。
  • 競争が激化し、「微差」が「大差」を生むようになったから どの業界を見ても、広告主は溢れかえっています。他社と同じような当たり障りのない広告を出しているだけでは、あっという間にその他大勢の中に埋もれてしまいます。データに基づいた0.1%のクリック率改善、10円のCPA削減。この地道な改善の積み重ねこそが、最終的に競合を突き放す決定的な「大差」となるのです。

A/Bテストとは、暗闇の中を勘だけを頼りに手探りで進むのではなく、データという名の強力なヘッドライトで足元を照らしながら、確実な一歩を踏み出すための、現代の広告運用者に必須のサバイバル技術なのです。

 

2. 仮説立案がテストの成否を9割決める

A/Bテストについて語られるとき、多くの人が「どのツールを使うか」「どうやって設定するか」といった技術的な側面に目を向けがちです。しかし、断言します。A/Bテストの成功は、その前段階である「仮説立案」の質で9割決まります。

A/Bテストは、単なる「当てずっぽうの実験」や「運試し」ではありません。「なぜ、こちらのパターンの方が成果が上がるはずなのか」という、ターゲット顧客の心理に基づいた、論理的な仮説があって初めて、その真価を発揮します。

私が過去に見てきた、成果の出ない無数の失敗テストに共通していたのは、この仮説が「なんとなく、こっちの方が良さそうだから」という、担当者の主観だけで始まっていたことでした。それでは、たとえ偶然良い結果が出たとしても、「なぜ良かったのか」が分からないため、次の一手に繋がらないのです。

では、「質の高い仮説」とは何でしょうか。それは、以下の3つの要素で構成されています。

  1. 誰に (Target): 広告を見せるターゲットは、具体的にどんな人物像か?(年齢、性別、興味関心、抱えている悩みなど)
  2. 何を (Insight): その人は、どんな言葉やビジュアルに心を動かされ、どんな未来を望んでいるのか?(顧客インサイトの発見)
  3. どう伝えるか (Hypothesis): だから、広告の「この要素」を「こう変えれば」、その人の心に深く突き刺さり、思わずクリックしたくなるはずだ。

このフレームワークに当てはめてみましょう。

  • 悪い仮説の例: 「なんとなく、青いボタンより赤いボタンの方が目立ちそうだから、クリック率が上がるだろう。」
  • 良い仮説の例: 「この商品のターゲットである30代の忙しい女性は、価格の安さよりも『時間を節約できる』というベネフィットに強く惹かれるはずだ(Insight)。だから、キャッチコピーを『今だけ50%OFF!』から『たった5分で、もう夕食に悩まない』に変えれば(Hypothesis)、自分ごと化が進み、クリック率が向上するに違いない。」

質の高い仮説があれば、テスト結果がどうであれ、必ず次に繋がる「学び」が得られます。もし上記の仮説でクリック率が上がれば、「やはり時短訴求は有効だ」という成功パターンを発見できます。逆にクリック率が上がらなくても、「時短訴求だけでは不十分で、価格も重要なのかもしれない」という、新たな仮説が生まれるのです。

テストを始める前に、一度立ち止まってください。あなたのそのテストには、魂のこもった「仮説」がありますか?

 

3. キャッチコピー、画像、CTAボタンのテスト設計

仮説が固まったら、いよいよ具体的なテスト設計に入ります。広告クリエイティブは無数の要素で構成されていますが、最初に取り組むべき、そして最も成果にインパクトを与えるのが、「キャッチコピー」「画像(ビジュアル)」「CTA(行動喚起)ボタン」の3大要素です。

そして、ここで絶対に守らなければならない鉄則があります。それは、「一度にテストする要素は、必ず一つだけにする」ということです。

キャッチコピーと画像を同時に変えてしまうと、たとえ成果が向上したとしても、それがコピーのおかげなのか、画像のおかげなのか、あるいはその相乗効果なのかが判別できません。これでは、正確なデータは得られず、次の施策に活かすことができないのです。面倒でも、一つひとつ、地道に検証していくことが成功への近道です。

1. キャッチコピーのテスト設計

広告の第一印象を決める最重要要素です。以下のような切り口でテストを設計してみましょう。

  • 訴求軸のテスト: 価格の安さを訴えるのか、得られる未来(ベネフィット)を訴えるのか。
    • A: 「業界最安値!月額2,980円」
    • B: 「英語が話せる、新しい自分へ」
  • 表現スタイルのテスト: 権威性や信頼感を出すのか、親近感や共感を誘うのか。
    • A: 「医師が監修した、信頼のサプリメント」
    • B: 「40代の私が、もっと自分を好きになれた理由」

2. 画像(ビジュアル)のテスト設計

人間の脳は、テキストよりも先に画像を認識します。視覚的なインパクトは絶大です。

  • 被写体のテスト: 人物が写っている方が良いのか、商品そのものを見せた方が良いのか。
    • A: 笑顔の女性が商品を使っている写真
    • B: 商品の質感が伝わる、美しいアップ写真
  • 表現方法のテスト: リアルな写真が良いのか、分かりやすいイラストが良いのか。
    • A: 実際の利用シーンを切り取った写真
    • B: 商品の仕組みを解説したインフォグラフィック風のイラスト

3. CTA(Call To Action)ボタンのテスト設計

ユーザーに最後の「一押し」をする、コンバージョンへの最終ゲートです。

  • 文言のテスト: ユーザーに求める行動を具体的に示す。
    • A: 「詳しくはこちら」
    • B: 「無料で資料をダウンロード」
  • 緊急性や限定性のテスト: 「今、行動すべき理由」を提示する。
    • A: 「お申し込み」
    • B: 「3日間限定で申し込む」

これらの要素を、あなたの立てた仮説に基づいて設計し、どちらがターゲットの心を動かすのか、市場に答えを求めていきましょう。

 

4. 統計的有意性を理解し、正しい結論を導く

A/Bテストを実施すると、「パターンAのクリック率が3.2%、パターンBが3.5%だった。よし、Bの勝ちだ!」と、すぐに結論を出したくなります。しかし、その結論、本当に正しいと言い切れるでしょうか?そのわずかな差は、もしかしたら単なる「偶然」の産物かもしれません。

この、得られた結果が単なる「偶然」なのか、それとも意味のある「必然」なのかを見極めるための重要な物差しが、「統計的有意性」という考え方です。

少し難しい言葉に聞こえるかもしれませんが、考え方は非常にシンプルです。 コインを10回投げて表が7回出たとします。この結果だけで、「このコインは表が出やすい特別なコインだ!」と結論づけるのは、少し早計ですよね。たまたま偏っただけかもしれません。 しかし、同じコインを1,000回投げて表が700回も出たとしたらどうでしょう。これはもはや、「偶然」とは考えにくい。このコインには、表が出やすい何らかの「意味のある偏り」があると考えるのが自然です。

A/Bテストにおける統計的有意性も、これと全く同じです。十分なデータ(インプレッションやクリック数)が集まり、「この結果は、偶然とは考えにくい(統計的に有意である)」と判断できて初めて、私たちはA/Bテストの結果を「信頼できる結論」として採用できるのです。

実務上、あなたが複雑な統計学の計算式を覚える必要はありません。

  • 広告プラットフォームの判定機能: Google広告やMeta広告などの主要なプラットフォームには、テスト結果が統計的に有意かどうかを自動で判定し、「AがBを上回る確率は95%です」といった形で示してくれる機能が備わっています。
  • 無料のオンラインツール: Webで「A/Bテスト 有意差検定」などと検索すれば、インプレッション数とクリック数などを入力するだけで、統計的有意性を計算してくれるツールが簡単に見つかります。

ここで最も陥りがちな罠は、結論を急ぎすぎることです。配信開始から数時間で、わずかな差が出たからといって、すぐにテストを打ち切ってしまう。これでは、信頼性の低いデータに振り回されることになります。

正しい結論を導くためには、十分なデータ量が集まるまで、じっと我慢強く待つ。この忍耐力こそが、広告運用者に求められる重要な資質の一つなのです。

 

 

5. 小規模な広告予算でも実施できるテスト手法

「A/Bテストの重要性は分かった。でも、うちはそんなに広告予算がないから、十分なデータを集めるなんて無理だよ…」

中小企業や個人事業主の方から、こうした切実な声を聞くことがよくあります。しかし、諦めるのはまだ早い。A/Bテストは、決して潤沢な予算を持つ大企業だけの特権ではありません。工夫次第で、小規模な予算でも効果的なテストを実施することは十分に可能です。

ここでは、限られた予算を最大限に活かすための3つのテクニックをご紹介します。

  • テスト期間を長く設定する 1日あたりの予算が少なくても、テストの配信期間を長く取ることで、統計的に有意な結論を導き出すために必要なデータ量を確保することができます。例えば、1週間で結論を出そうとせず、2週間、あるいは1ヶ月というスパンでテストを設計するのです。焦らず、じっくりとデータを育てていく発想が重要です。
  • 変化の大きい「大胆なテスト」から始める 予算が少ない場合、ボタンの色の違いや、文言の「てにをは」の差といった、微細な変化をテストしても、有意な差が生まれにくいことがあります。そこで有効なのが、あえて大胆なテストから始めることです。
    • 全く異なるコンセプトの画像をぶつけてみる(例:高級感のあるイメージ vs 親しみやすいイメージ)
    • 全く異なるターゲット層に同じ広告を配信してみる(例:20代女性 vs 40代女性)
    • 全く異なる訴求軸のLPに飛ばしてみる(例:価格訴求のLP vs 機能訴求のLP) 大胆なテストは、少ないデータ量でも大きな差が生まれやすく、あなたのビジネスにとっての「本質的な勝ち筋」を発見するきっかけになります。
  • 最も重要な「一点」に予算を集中させる 全てのキャンペーン、全ての広告グループでA/Bテストを並行して行う必要はありません。まずは、あなたのビジネスにとって最も重要で、最も成果を改善したいと考えている一つのキャンペーンに予算を集中させましょう。そこで確実な勝ちパターンを見つけ出し、その学びを他のキャンペーンに横展開していく。この「選択と集中」のアプローチが、小規模予算におけるテスト成功の鍵を握ります。

予算がないことを、テストをしない言い訳にしてはいけません。知恵と工夫で、限られた資源の中からでも、未来に繋がる貴重なデータを生み出すことは可能なのです。

 

6. 陥りがちなA/Bテストの罠と失敗事例

A/Bテストは強力な武器ですが、その使い方を誤ると、間違った結論を導き出し、かえって成果を悪化させてしまう危険性もはらんでいます。ここでは、私が現場で目撃してきた、多くの運用者が陥りがちな「A/Bテストの罠」を、具体的な失敗事例と共に紹介します。

  • 罠1: テストのためのテストになっている 明確な仮説がないまま、「A/Bテストをすることが目的」になってしまうケースです。上司から「何かテストしろ」と言われたからと、思いつきでバナーの色を変えてみる。これでは、たとえ結果に差が出ても、そこから得られる学びは何もありません。
  • 罠2: 短期的な成果に一喜一憂してしまう 配信初日の午前中にパターンAのCPAが良かったからといって、「よし、Aの勝ちだ!」と判断してしまう。これは典型的な失敗例です。広告の成果は、曜日や時間帯によって大きく変動します。最低でも1週間は配信を続け、データの波が安定するのを待つべきです。
  • 罠3: 外部要因を完全に無視している 私が以前担当したクライアントで、こんなことがありました。「AがBに圧勝しました!」と担当者が意気揚々と報告に来たのです。しかし、よくよく調べてみると、テスト期間中にテレビ番組でその商品ジャンルが特集され、市場全体のコンバージョン率が急上昇していただけ、ということが判明しました。AとBに本質的な差はなかったのです。大型連休、ボーナス時期、競合の大型セールなど、テスト結果に影響を与えうる外部要因を常に念頭に置く必要があります。
  • 罠4: 「負けたパターン」から学ぼうとしない テストで負けたクリエイティブは、多くの人にとって「見たくもない失敗作」かもしれません。しかし、それは大きな間違いです。「なぜ、このクリエイティブはユーザーに響かなかったのか?」を徹底的に分析することで、「この訴求軸は、うちのターゲットには刺さらない」「このタイプのモデル写真は好まれない」といった、成功と同じくらい価値のある「失敗のデータ」が得られます。負けから学ぶ姿勢こそが、長期的な成功の礎となるのです。

これらの罠は、誰にでも起こりうるものです。大切なのは、これらの失敗パターンをあらかじめ知っておき、自分のテストが同じ轍を踏んでいないかを、常に客観的にチェックする視点を持つことです。

 

7. テスト結果を次の広告クリエイティブに活かす方法

A/Bテストは、「勝ちパターンを見つけて、設定を切り替えて、はい、おしまい」という単純な作業ではありません。その真の価値は、テストを通じて得られた学びや発見を、組織の「資産」として蓄積し、未来のあらゆるマーケティング活動に活かしていくことにあります。

テストで得られた一点の知見を、組織全体の血肉に変えていく。そのための具体的な仕組み作りが不可欠です。

  • クリエイティブ・ブリーフを「進化」させる 広告を制作する際の指示書である「クリエイティブ・ブリーフ」。ここに、テストで得られた学びを必ず反映させましょう。「我々のターゲットである40代男性には、権威性のあるデータ(例:〇〇受賞)を提示すると、クリック率が1.5倍になる傾向がある」といった具体的な知見を明記するのです。これにより、次のクリエイティブ制作の成功確率が格段に上がります。
  • 「勝ちパターン」を横展開する 特定の広告でテストして勝った要素を、他の商品やサービスの広告にも応用できないか、常に考える癖をつけましょう。例えば、化粧品の広告で「お客様の声」を引用したコピーが成功したなら、健康食品の広告でも同じ手法が有効かもしれません。一つの成功を、ビジネス全体の成功へと広げていく視点が重要です。
  • 「ナレッジ共有会」を定例化する A/Bテストの成果が、担当者個人の「職人技」や「頭の中」に留まっていては、組織は強くなりません。週に一度、あるいは月に一度でも構いません。「今週のA/Bテスト共有会」といった場を設け、担当者が「どんな仮説で」「どんなテストを行い」「どんな結果と考察が得られたか」を発表し、チーム全員で議論するのです。これにより、属人的なノウハウが組織全体の共有知へと昇華されます。
  • 「失敗パターン」のデータベースを構築する 成功事例だけでなく、「この訴求は全く響かなかった」「このタイプの画像はCPAが悪化した」といった失敗のデータも、同じ過ちを繰り返さないための非常に価値ある資産です。これらの失敗パターンを記録し、いつでも検索・閲覧できるデータベースを構築しておくことで、無駄なテストを減らし、組織全体の学習効率を飛躍的に高めることができます。

A/Bテストは、点ではなく線で捉えるべき活動です。一つひとつのテストを、未来の成功へと繋がる貴重な点として、丁寧に紡いでいきましょう。

 

8. AIを活用した次世代の広告テスト

これまで解説してきたA/Bテストは、人間が仮説を立て、2つのパターンを比較する、いわば「一騎打ち」のようなものでした。しかし、AI技術が急速に進化する現代において、広告テストの世界も新たな次元に突入しています。

その主役が、Google広告の「レスポンシブ検索広告」や「P-MAX」、Meta広告の「Advantage+ ショッピングキャンペーン」といった、AI主導の広告プロダクトです。

これらの仕組みは、従来とは発想が根本的に異なります。 私たちは、完成された「広告A」と「広告B」を用意するのではなく、広告を構成する「素材」—例えば、複数の見出し、複数の説明文、複数の画像、複数の動画—を、広告プラットフォームにまとめて登録します。

すると、AIがこれらの素材をリアルタイムで無数に組み合わせ、ユーザー一人ひとりの属性や、その時々の状況に応じて、「この人には、この組み合わせが最も響くだろう」と判断した、完全にパーソナライズされた広告を自動で生成・配信してくれるのです。

これは、いわばAIが、私たちの代わりに、超高速で何百、何千通りものA/Bテスト(正確には、複数の要素を同時にテストする「多変量テスト」)を、24時間365日休むことなく繰り返しているようなものです。

このAI時代の到来によって、私たち広告運用者の役割も大きく変化しています。

  • 「組み合わせ」の検証から、「素材」の創造へ: どの組み合わせが良いかを考えるのではなく、AIに与える一つひとつの「素材」の質を、いかに高めるかが勝負の分かれ目になります。AIがどんなに優秀でも、元となる素材が魅力的でなければ、良い広告は作れないからです。
  • 「手動の最適化」から、「AIへの戦略設計」へ: 日々の細かな入札調整や配信設定はAIに任せ、私たちはより上位の戦略—「どのターゲットに、どんなコンセプトの素材を投入すれば、AIの学習が最も効率的に進むか」—を設計する、いわばAIの「司令塔」としての役割が求められるようになります。

AIは、私たちから仕事を奪う存在ではありません。面倒で骨の折れる作業を肩代わりしてもらい、私たち人間は、より創造的で、より戦略的な仕事に集中できるようになる。そんな、AIとの新しい協業の時代が、すでに始まっているのです。

 

 

9. クリエイティビティとデータを両立させる広告運用

「A/Bテストだ、データだと騒ぐと、クリエイターの自由な発想が失われてしまうのではないか?」 「数字ばかり追いかけて、面白みのない、似たり寄ったりの広告ばかりになってしまうのではないか?」

データドリブンな広告運用を推進していると、時として、こうしたクリエイティブサイドからの懸念や反発に直面することがあります。しかし、私は声を大にして言いたい。ータは、クリエイティビティの「敵」ではなく、そのポテンシャルを最大限に引き出してくれる「最高のパートナー」である、と。

  • データは、クリエイターを「思い込み」から解放する どれだけ優れたクリエイターでも、「自分では最高傑作だと思っていたのに、世間には全く響かなかった」という経験はあります。データは、そうした作り手の主観や独りよがりな思い込みを、客観的な事実として冷静に指摘してくれます。それは、クリエイターが次のステージへ進むための、貴重なフィードバックなのです。
  • データは、クリエイティブの「進むべき道」を照らす 「どんな方向にアイデアを飛ばせば良いか分からない…」そんな時、データは強力なヒントを与えてくれます。「どうやら、うちの顧客は『高級感』よりも『親近感』に反応するらしい」「『機能の多さ』を伝えるより、『たった一つの悩みが解決できる』と伝えた方が響くようだ」こうしたデータは、クリエイティブが狙うべき的を明確にし、アイデアの精度を飛躍的に高めます。
  • データは、クリエイターの「挑戦」を後押しする A/Bテストという「失敗しても大丈夫な実験の場」があるからこそ、クリエイターは既存の枠にとらわれない、大胆で斬新なアイデアに安心して挑戦することができます。全てのクリエイティブをいきなり本番投入するのではなく、まずはテストで市場の反応を確かめる。このプロセスが、組織の創造性を守り、育むのです。

理想的な関係は、広告運用者とクリエイターの二人三脚です。運用者は「何が(WHAT)ユーザーに響くか」というデータという名の地図を提供し、クリエイターはその地図を基に「どうやって(HOW)響かせるか」という、人の心を揺さぶる表現を生み出す。この創造的な対話こそが、本当に強く、美しい広告を生み出す原動力となるのです。

 

10. 勝ち続ける広告アカウントの裏側

これまで数多くの広告アカウントを見てきましたが、長期的に安定して成果を出し続け、成長している「勝ち続けるアカウント」には、いくつかの明確な共通点があります。それは、特定のツールや裏技的なテクニックではありません。むしろ、その裏側にある、組織の「文化」や「姿勢」と呼ぶべきものです。

  • 「テスト文化」が深く根付いている 勝ち続けるアカウントでは、A/Bテストは特別なイベントではなく、呼吸をするのと同じくらい当たり前の日常業務になっています。そして何より重要なのが、テストの失敗を個人の責任として責めるのではなく、「新しい学びが得られた」とポジティブに捉え、その知見をチーム全体で称賛する文化が醸成されていることです。失敗を恐れない環境こそが、挑戦の数を増やし、成功の確率を高めるのです。
  • 改善の「PDCAサイクル」が異常に速い 彼らは、一つの壮大なテストに数ヶ月もかけるようなことはしません。小さな仮説に基づいた、小さなテストを、常に複数並行で回し続けています。そして、得られた結果を即座に次の施策に反映させる。この「仮説→実行→検証→改善」のサイクルを、競合他社の何倍ものスピードで回転させることで、常に最適解を更新し続けているのです。
  • 顧客理解への、飽くなき探求心がある 彼らは、A/Bテストの結果を、単なる広告クリエイティブの勝ち負けとして見ていません。その数字の裏側にある「顧客の心理」を読み解こうとします。「なぜ、こちらのコピーの方がクリックされたのだろう?」「この画像に反応した人は、一体どんな欲求を抱えているのだろう?」と。A/Bテストを、お客様との対話であり、顧客を深く理解するための最高のリサーチツールだと捉えているのです。

結局のところ、勝ち続けるアカウントは、誰も知らない魔法のような一つの「必勝法」を手にしているわけではありません。地道なテストと、そこから得られる学びに基づいた改善を、誰よりも速く、誰よりも多く、そして誰よりも深く考察しながら、ただ愚直に、誠実にやり続けている。その差が、数ヶ月後、一年後には、決して覆すことのできない圧倒的な差となって現れるのです。

 

 

「センス」の呪縛から、あなたを解放する。

広告クリエイティブのA/Bテスト。それは、一部のデータサイエンティストだけが使う小難しい分析手法などではありません。広告運用という、不確実で混沌とした大海原を航海する私たちにとって、自信と確信を与えてくれる、最も信頼できる羅針盤です。

センスやひらめきという、曖昧で移ろいやすいものに一喜一憂する日々は、もう終わりにしませんか。

この記事を読み終えたら、まずはあなたの広告アカウントを開き、最も成果の振るわない広告を一つだけ、選んでみてください。そして、静かに自問するのです。「もし、キャッチコピーをたった一つだけ変えるとしたら、どんな言葉なら、あの人の心に届くだろうか?」と。

その小さな問いかけと、そこから生まれる小さな仮説こそが、感覚だけに頼った運用からあなたを解放し、データと共に勝利を掴むための、偉大で確かな第一歩となるはずです。

 

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執筆者

株式会社イット 代表取締役

岐阜県恵那市出身。大学卒業後、日本最大級のライブプロモーターに入社しサマーソニックやポールマッカートニー、食フェス等の広報を担当。2021年に飲食店に特化したSNSマーケティング事業を行う株式会社イットを創業。グルメに特化したインフルエンサーマーケティングからスタートしてMEO対策、アカウント運用、広告などを組み合わせ、関西中心に全国で累計1000店舗以上を支援。売上300%や1000万円アップなどの実績を多数もつ。