バーチャルプロダクション入門|Unreal Engineが変える動画制作の未来
2025年11月30日

「この背景、後で合成するから想像で演技して」「天気が悪いので、今日のロケは中止です」…映像制作の現場では、こんな言葉が当たり前のように飛び交います。Webマーケティングの世界で長年、数多くの動画コンテンツに携わってきた私も、キャリアの初期にはこうした制約に何度も歯がゆい思いをしてきました。最高のパフォーマンスを発揮しようとする演者と、最高の映像を撮りたいスタッフ。その熱意が、天候や場所、そして「後工程」という名のブラックボックスによって、いとも簡単に削がれてしまう。このもどかしさは、多くのクリエイターが経験してきたことではないでしょうか。
しかし、もし撮影しているその場で、完成形とほぼ同じ映像が見られるとしたら?もし、世界中のどんな景色でも、天候や時間を意のままに操れるスタジオがあるとしたら?まるで夢のような話ですが、それを現実にするのが、今回ご紹介する「バーチャルプロダクション」という技術です。特に、ゲーム開発で知られる「Unreal Engine」がこの革命の中心にいます。これから、私が現場で見てきた変化や具体的なメリットを交えながら、この最先端技術がどのように動画制作の常識を覆し、未来を切り拓いているのかを、一つひとつ丁寧に解説していきます。
目次
1.グリーンバックを過去にする革命的技術
「バーチャルプロダクション」と聞くと、何やら複雑なCG技術を想像するかもしれませんね。しかし、その本質を捉えるなら、それは「撮影と合成を、同時に、リアルタイムで行う」という、制作プロセスの革命です。
これまでの映像制作が抱えていた課題
これまでの映像制作、特にVFX(視覚効果)が絡むシーンでは、「グリーンバック撮影」が常識でした。
俳優は緑色の布の前で演技をし、後から編集ソフトでその緑色の部分をくり抜いて、別の背景映像をはめ込む。この「後合成(ポストプロダクション)」という工程が、制作における大きなボトルネックでした。
具体的には、以下のような問題点がありました。
- 撮影現場では、完成形が誰にも見えない。
- 俳優は、存在しない背景やキャラクターを想像力だけで補って演技しなければならない。
- 監督やカメラマンも、合成後の画を頭の中でシミュレーションしながら撮影を進めるしかない。
この「見えないものと戦う」ストレスは、計り知れません。
私自身、ある商品のプロモーションビデオでグリーンバック撮影を行った際、演者の目線の先にあるはずのキャラクターのサイズ感を、スタッフが棒の先に付けたボール(通称:テニスボール)で示していました。演者は必死にそのボールに感情を向けますが、やはりどこか空虚さが拭えない。そして、後日合成された映像を見て、「ああ、キャラクターはもっと大きかったのか…」と、全員でがっかりした苦い記憶があります。
バーチャルプロダクションがもたらす革命
バーチャルプロダクションは、この根本的な問題を解決します。
俳優も、監督も、スタッフも。その場にいる全員が、完成形とほぼ同じ映像をリアルタイムで見ながら撮影を進められる。
それはまるで、全員が同じ地図を見ながら航海するようなものです。もう、「たぶん、こっちの方角だろう」という勘に頼る必要はありません。
これは単なる技術の進化ではなく、コミュニケーションの進化であり、映像制作における創造性の解放なのです。
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2.LEDウォールにCG背景を投影して撮影する
「撮影と合成のリアルタイム化」の実現方法
その心臓部となるのが、高精細な巨大「LEDウォール」です。
バーチャルプロダクションのスタジオに入ると、まずその巨大なLEDディスプレイの壁に圧倒されるはずです。この壁一面、そして時には天井や床にまで敷き詰められたLEDウォールに、Unreal Engineのようなゲームエンジンで作られた超高精細な3DCGの背景が映し出されます。俳優は、そのCG背景の前で演技をします。
従来技術との決定的な違い
「それって、昔からある背景に映像を映す手法と何が違うの?」と思うかもしれません。決定的な違いは、その背景が「カメラの位置を認識して、リアルタイムに変化する」点にあります。
- カメラ追跡センサー: スタジオの天井には、カメラの位置や動きを精密に追跡するためのセンサーが取り付けられています。
- リアルタイムな情報送信: そのカメラの位置情報が、常にUnreal Engineへと送られ続けているのです。
カメラの動きと背景の連動
これにより、以下のようなリアルタイムな映像表現が可能になります。
- 視点の変化: カメラが右に動けば、LEDウォールのCG背景も、まるで本当にその場にいるかのように、右に動いた視点からの映像へと瞬時に変化します。
- 遠近感(パララックス)の追従: カメラが被写体に近づけば、背景の遠近感もリアルに追従します。
- 被写界深度(ボケ具合)の調整: カメラのレンズを変えれば、背景のボケ具合もリアルタイムで調整されます。
仮想空間を覗く「窓」としてのLEDウォール
なぜこのようなことが可能なのでしょうか。
それは、CG背景が単なる「書き割り」ではなく、カメラの向こう側に無限に広がる「仮想空間」として存在しているからです。
LEDウォールは、その仮想空間を覗き込むための「窓」の役割を果たしている、と考えると分かりやすいでしょう。カメラが窓を覗き込む角度を変えれば、見える景色が変わるのと同じ原理です。
この技術により、映像の中の俳優と背景は完全に一体化し、グリーンバック合成で起こりがちな、不自然な馴染みの悪さや光の反射の違和感から解放されるのです。

3.リアルタイムでVFXを合成するメリット
撮影現場で完成形が見える。このことのメリットは、計り知れません。それは、制作のワークフロー全体を劇的に効率化し、クリエイティビティを最大限に引き出す力を持っています。
従来のグリーンバック撮影が「後でなんとかする」という、ある種の賭けだったのに対し、バーチャルプロダクションは「今、ここで完璧に作り込む」というアプローチです。
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意思決定の高速化
現場で監督が「もう少し背景の山を低くして、夕焼けの色を濃くしたい」と考えたとします。従来のワークフローでは、それをメモしておき、何週間も後のポストプロダクションの担当者に伝えるしかありませんでした。そして、修正された映像が上がってくるのをひたすら待つ。その結果を見て、「うーん、やっぱり前のほうが良かったかも…」となれば、また手戻りが発生します。
しかし、バーチャルプロダクションの現場では、CGアーティストがその場でUnreal Engineを操作し、数分後には監督の要望を反映した背景をLEDウォールに映し出せます。監督は、その映像を見ながら「OK、完璧だ!」あるいは「いや、もうちょっとだけ赤みを足して」といった具体的な指示をリアルタイムで出せるのです。このフィードバックのループが高速で回ることで、試行錯誤の密度が格段に上がり、結果としてクリエイティブの質が飛躍的に向上します。
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照明設計の革新
LEDウォールは、単に背景を映すだけでなく、それ自体が強力な「光源」として機能します。例えば、背景に燃え盛る炎を映し出せば、その炎の光が、特別な照明機材なしで、俳優の顔や衣装にリアルに反射します。夕焼けのシーンなら、その赤い光が自然に俳優を照らし出す。
これは、グリーンバック撮影では不可能だったことです。グリーンバックでは、後から合成する背景の光を想像しながら、ライティングを組まなければなりませんでした。そのため、どうしても背景と人物の光の質が微妙にズレてしまい、合成っぽさの原因となっていました。バーチャルプロダクションでは、俳優が文字通りその「仮想空間の光」を浴びて演技するため、極めて自然で没入感の高い映像を生み出すことができるのです。
4.俳優が完成形をイメージしながら演技できる
クリエイターにとってのメリットは計り知れませんが、この技術の恩恵を最も受けるのは、もしかしたら俳優かもしれません。
想像してみてください。緑色の壁に囲まれ、何もない空間に向かって、あたかもそこに巨大なドラゴンがいるかのように恐怖の表情を浮かべ、必死に逃げ惑う。これが、これまでのグリーンバック撮影における俳優の仕事でした。
- 俳優は、自らの想像力だけを頼りに、ゼロから感情を構築しなければなりませんでした。
- その孤独な戦いは、俳優に大きな精神的負担を強います。
私が以前関わったプロジェクトでも、あるベテラン俳優が「グリーンバックは、共演者が誰もいない舞台に一人で立っているような気分になるよ」と漏らしていたのが印象的でした。
バーチャルプロダクションが俳優を孤独から解放する
バーチャルプロダクションは、俳優をこの孤独から解放します。
- 目の前のLEDウォールには、これから自分が演技する場所(例えば、荒れ狂う嵐の海や未来都市の摩天楼など)が、現実と見紛うばかりのクオリティで広がっています。
- 共演するモンスターがCGであっても、その姿をLEDウォールに映し出し、リアルタイムで動かすことができます。
- これにより、俳優は実際に「それ」と対峙し、リアクションすることが可能になります。
「没入感」が演技の質を根底から変える
俳優は、もはや想像力だけで演技をする必要はありません。目の前の世界に没入し、そこから得られるインスピレーションを元に、自然な感情を引き出すことができるのです。
- 壁に貼られた目印(バミリ)ではなく、本物の(ように見える)崖っぷちに立てば、足は自然とすくむでしょう。
- 轟音と共に迫りくる(ように見える)宇宙船を見れば、瞳は自然と見開かれるはずです。
この「没入感」が、演技の質を根底から変えます。俳優が世界観に深く入り込むことで、より繊細で、リアリティのあるパフォーマンスが生まれます。
それは、最終的に映像の説得力を高め、観客の心を強く揺さぶることに繋がるのです。
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5.天候や時間に縛られないロケーション撮影
「今日のロケ、晴れてくれ!」と、毎朝天気予報に一喜一憂する。これは、映像制作者の宿命のようなものでした。特に、太陽の光が最も美しいとされる、日の出後と日没前のわずかな時間、「マジックアワー」を狙った撮影は、まさに時間との戦いです。
私がアシスタントディレクターだった頃、とある映画のクライマックスシーンを、美しい夕焼けの中で撮影する予定でした。何日も前から準備し、キャスト・スタッフ総勢50名以上が日の入りを待ち構えていました。しかし、本番直前になって無情にも厚い雲が太陽を覆い隠し、その日の撮影は中止。延期に伴う追加コストと、士気の低下は甚大なものでした。
バーチャルプロダクションは、こうした物理的な制約から制作チームを完全に解放します。
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完璧な天候のコントロール
スタジオの中では、Unreal Engineを操作するだけで、完璧な快晴から、ドラマチックな嵐まで、どんな天候でも一瞬で作り出せます。もう、雨で撮影が中止になることも、強風で機材が煽られる心配もありません。
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無限のマジックアワー
あの美しくも儚いマジックアワーを、一日中、あるいは何日間にわたって維持し続けることさえ可能です。納得がいくまで、同じ光のコンディションで何度もテイクを重ねることができる。これは、クオリティを追求する上で、とてつもないアドバンテージです。
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世界中への「瞬間移動」
サハラ砂漠のど真ん中、ニューヨークのタイムズスクエア、あるいは火星の地表。物理的には移動が困難、あるいは不可能な場所での撮影も、バーチャルプロダクションなら可能です。事前にその場所の3Dデータを作成、あるいは購入しておけば、LEDウォールに投影するだけで、俳優は世界中のあらゆる場所、いや、宇宙の果てへも「ロケーション撮影」に出かけることができるのです。
これにより、これまで予算やスケジュールの都合で諦めていた壮大なシーンも、現実的な選択肢となります。クリエイターの想像力は、もはや地球という物理的な制約に縛られることはないのです。

6.動画制作におけるコストと時間の削減
「LEDウォールや高性能な機材なんて、導入コストがものすごく高いのでは?」確かに、バーチャルプロダクションスタジオの初期投資は安価ではありません。しかし、プロジェクト全体、そして長期的な視点で見ると、従来の制作手法に比べて、大幅なコストと時間の削減に繋がる可能性を秘めています。
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ロケーション費用の削減
まず分かりやすいのが、ロケにかかる費用の削減です。 ・大人数のスタッフ・キャストの交通費や宿泊費 ・撮影許可の申請費用や、現地での車両費 ・海外ロケであれば、さらに高額な費用が発生します。 これらが、スタジオでの撮影に集約されることで、根本的に不要になります。
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美術セット制作費の削減
壮大なファンタジーの世界観や、巨大な宇宙船の内部など、物理的に大規模なセットを組むには、莫大な費用と時間がかかります。そして、その多くは撮影が終われば解体され、廃棄されてしまいます。バーチャルプロダクションでは、これらのセットをCGで制作するため、物理的な建設コストや廃棄コストを大幅に削減できます。さらに、一度作成したCGアセットは、別のシーンで再利用したり、少し手直しして使い回したりすることも容易です。
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ポストプロダクション費用の削減
これが最も大きな削減効果かもしれません。従来のワークフローでは、撮影後に行われるVFX作業、特にグリーンバックのくり抜き(キーイング)や、背景との合成作業に、膨大な時間と人件費が費やされていました。バーチャルプロダクションでは、この工程の大部分が撮影と同時に完了してしまいます。これにより、ポストプロダクションの期間が劇的に短縮され、それに伴うコストも大幅に削減されるのです。私が知るある事例では、ポストプロダクションの期間が従来の半分以下になったケースもあります。
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撮り直しのリスク低減
撮影現場で完成形が確認できるため、「合成してみたら、イメージと違った」という理由での撮り直し(再撮影)のリスクを最小限に抑えられます。再撮影は、スケジュールと予算における最大の敵の一つ。このリスクを低減できることは、精神的な安心感にも繋がります。
もちろん、CG背景を制作するためのプリプロダクション(事前準備)には、相応の時間とスキルが必要です。しかし、制作プロセス全体を俯瞰すれば、バーチャルプロダクションがもたらす効率化のインパクトは、初期投資を補って余りあるものと言えるでしょう。
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7.ハリウッドで採用が進む最先端の動画制作
この革命的な技術が、机上の空論ではないことは、ハリウッドの超大作が次々と証明しています。
バーチャルプロダクションの金字塔
バーチャルプロダクションの可能性を世界に知らしめた金字塔と言えるのが、ある人気SFシリーズのスピンオフドラマです。
この作品では、砂漠の惑星や極寒の星など、様々なロケーションが、ほぼ全てスタジオ内のLEDウォール(作中では「ボリューム」と呼ばれています)で撮影されました。宇宙船が飛び交う背景の前を、主人公がリアルな砂の上を歩く。その映像は、従来のグリーンバック合成とは一線を画す、圧倒的なリアリティと没入感で視聴者に衝撃を与えました。
ハリウッドを席巻する新たなスタンダード
この成功を皮切りに、ヒーロー映画やファンタジー大作など、数多くのハリウッド映画がバーチャルプロダクションを全面的に採用し始めています。
例えば、以下のようなシーンでその真価が発揮されています。
- 巨大な架空都市での戦闘シーン
- 現実には存在しない惑星での冒険
- 歴史的な出来事の再現
これらのシーンにおいて、バーチャルプロダクションは、映像のクオリティを向上させるだけでなく、制作の効率化にも大きく貢献していることが報告されています。
映像制作の未来
もはや、この技術は一部の先進的なクリエイターだけが使う実験的な手法ではありません。世界の映像業界のスタンダードとなりつつある、実績と信頼のある制作手法なのです。
この流れは、今後、映画やドラマだけでなく、
- CM
- ミュージックビデオ
- 企業のプロモーション動画
など、あらゆる映像制作の現場へと波及していくことは間違いないでしょう。
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8.ゲームエンジンが映像業界にもたらす衝撃
バーチャルプロダクション革命の心臓部:「ゲームエンジン」
このバーチャルプロダクション革命の中心で、強力なエンジンとしてすべてを駆動させているのが、Unreal Engineのような「ゲームエンジン」です。
本来、ゲームエンジンは、プレイヤーの操作に合わせて、3Dの世界をリアルタイムに、かつインタラクティブに描画するために開発されてきました。
- キャラクターが右を向けば、瞬時に右側の景色を描画する。
- 建物が爆発すれば、その破片の物理演算を瞬時に行う。
この「リアルタイム性」と「インタラクティブ性」こそが、ゲームの心臓部です。
一方で、従来の映画用のCGは、一枚の画を描き出すのに、何時間も、時には何日もかけて計算(レンダリング)するのが当たり前の世界でした。クオリティは高いものの、リアルタイム性とは無縁の存在だったのです。
映像業界との融合
しかし、近年のゲームエンジンの進化は凄まじく、その描画クオリティは、実写と見分けがつかないレベルにまで到達しました。この「リアルタイム・テクノロジー」に映像業界が目をつけたのは、自然な流れでした。
「ゲームエンジンを使えば、映画のCGも、リアルタイムで描画できるのではないか?」
この発想の転換が、バーチャルプロダクションを生み出したのです。
カメラの動きに合わせて、瞬時に高精細な背景を再描画する。この離れ業は、まさにゲームエンジンが得意とするところ。これまで交わることのなかった、ゲーム業界と映像業界の技術が融合したことで、全く新しい映像制作の可能性が切り拓かれました。
制作手法の変化と「トランスメディア戦略」
この衝撃は、単なる制作手法の変化に留まりません。ゲームエンジンで作られたCGアセット(背景やキャラクターなど)は、映画や動画で使うだけでなく、同じデータを元に、多様なコンテンツを制作することが可能です。
- インタラクティブなVRコンテンツ
- メタバース空間
- ゲームそのもの
つまり、一つのIP(知的財産)から、多様なメディアへと展開する「トランスメディア戦略」が、かつてないほど効率的に、そして高いクオリティで実現できるようになるのです。

9.これからの動画制作者に求められるスキル
この大きな変革の波は、私たち動画制作者に、新たなスキルの習得を求めています。
これまでのように、撮影、照明、編集といった、それぞれの専門領域の知識だけでは、バーチャルプロダクションのポテンシャルを最大限に引き出すことは難しくなるでしょう。
これからのクリエイターに求められるのは、従来の映像制作の知識と、ゲームエンジンを核とする3D・リアルタイム技術の知識を、高いレベルで融合させる能力です。
1. Unreal Engineの知識
バーチャルプロダクションの現場では、もはやUnreal EngineはCGアーティストだけのものではありません。
- 監督やカメラマンも、基本的な操作を理解する必要がある。
- その場でライティングやアセットの配置を調整できるスキルが求められる。
- 自分の意図を、直接バーチャル空間に反映できる能力が、新たな表現を生み出します。
2. 3DCG制作の知識
LEDウォールに投影する背景(アセット)は、高品質な3DCGで作られています。
- どのようなデータが撮影に適しているのか。
- どうすればよりリアルに見えるのか。
- 3DCG制作の基本的なパイプラインを理解していることは、全てのスタッフにとって大きな強みとなります。
3. リアルタイムでの問題解決能力
バーチャルプロダクションの現場は、物理的な世界とデジタルの世界が複雑に絡み合っています。
- カメラのトラッキングがずれる。
- CGアセットがうまく表示されない。
- 上記のような、予期せぬトラブルが発生することもあります。
こうした際に、冷静に原因を特定し、その場で解決策を見つけ出す、柔軟な思考と技術的な知識が不可欠です。
これは、決して「映像制作者がゲーム開発者にならなければならない」という意味ではありません。
むしろ、映像という芸術的な感性と、リアルタイムCGという論理的な技術。その両方の言語を理解し、二つの世界の架け橋となれる人材こそが、これからの業界をリードしていく存在となるはずです。
私自身も、日々新しい技術を学びながら、この刺激的な変化を楽しんでいます。
10.物理的制約から解放された、想像力が主役の制作現場へ
ここまで、バーチャルプロダクションがもたらす技術的な革命と、その具体的なメリットについて解説してきました。グリーンバックを不要にし、天候や時間に縛られず、コストと時間を削減しながら、俳優のパフォーマンスを最大限に引き出す。一つひとつが、これまでの映像制作の常識を覆す、強力なインパクトを持っています。
しかし、この技術がもたらす最も本質的な価値は、制作プロセスから「物理的な制約」という名の足枷を外し、クリエイターの「想像力」を、かつてないほど自由に解き放つ点にあるのではないでしょうか。
もう、「予算がないからこのロケは諦めよう」「技術的に不可能だからこの演出はやめよう」といった、消極的な理由でアイデアを殺す必要はありません。頭の中に思い描いたどんな壮大な世界も、Unreal Engineというキャンバスの上に、現実の光と俳優の息遣いと共に描き出すことができるのです。
これは、映像制作が、より純粋なクリエイティブ活動へと回帰していくプロセスとも言えます。面倒な後処理や、予期せぬトラブルへの対処に費やしていたエネルギーを、純粋に「面白いものを作る」という一点に集中させることができる。
もちろん、バーチャルプロダクションは万能の魔法ではありません。質の高いCGアセットを準備するプリプロダクションの重要性は増し、現場では新たなスキルセットが求められます。しかし、その挑戦の先には、これまで誰も見たことのない映像表現の地平が、無限に広がっています。
あなたのポケットに入っているスマートフォンで、誰もがクリエイターになれる時代。その一方で、プロの現場では、想像力さえあれば、ハリウッド大作と遜色のない世界観を構築できるツールが、すぐそこまで来ています。このエキサイティングな変化の時代に、クリエイターとしてどう向き合い、何を表現していくのか。バーチャルプロダクションは、私たち一人ひとりに、その根源的な問いを投げかけているのかもしれません。
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無限のロケ地をスタジオに。バーチャルプロダクションが生む「魔法の窓」
「また天気に泣かされるのか…」「グリーンバックの向こう側を、ただひたすら想像して…」。映像制作の現場とは、常にこうした物理的な制約との戦いでしたよね。私自身、最高のアイデアが予算や時間、場所の壁にぶつかり、形にならずに悔しい思いをした経験が何度もあります。
そんな膠着状態を打ち破るのが、Unreal Engineを心臓部とするバーチャルプロダクションです。これは単なる新技術というより、制作の「OS」そのものをアップデートするような、根本的な革命と言えるでしょう。
巨大なLEDウォールに映し出されるのは、単なる背景映像ではありません。カメラの動きに完璧に追従する「仮想空間」そのものです。俳優は目の前に広がる完成された世界に没入し、私たちはリアルな光の反射をその場で確認しながら、最高の画を追求できる。これまで「ポストプロダクション」という名のブラックボックスに委ねられていたVFX作業が、撮影と同時に完了していく様は、見ていて本当に爽快です。
このリアルタイム性こそが、天候や時間に縛られないだけでなく、無駄なロケ費用や再撮影のリスクといった、制作現場の根深い課題を劇的に解決してくれるのです。面白いことに、それは単なる効率化に留まりません。クリエイターが面倒な作業から解放され、純粋に「面白いものを創る」ことにエネルギーを集中できる。この環境の変化こそが、最大の価値なのかもしれません。
もちろん、この新しいキャンバスを使いこなすには、私たちも映像とゲーム、二つの世界の言語を学ぶ必要があります。しかしその先にあるのは、物理的な制約から解放され、純粋な「想像力」だけが羅針盤となる、新しいクリエイティブの海です。もう「できない理由」を探す時代は、終わりを告げようとしています。


