飲食店の「人間関係」|最高のチームを作るためのコミュニケーション術
2025年11月21日

「もう、あんな店、辞めてやる!」キッチンの奥から聞こえてきた若いアルバイトスタッフの悲痛な叫び。私も若い頃、飲食店の現場で何度もそんな場面に出くわしてきました。どれだけ素晴らしい料理やサービスを提供していても、働くスタッフ同士の人間関係がギスギスしていては、お客様に最高の体験を届けることなど到底できません。売上や利益を追いかけることはもちろん重要ですが、その土台にあるのは、間違いなく「人」であり、その人たちが織りなす「チーム」です。
多くの店長やオーナーが、この人間関係という目に見えない問題に頭を悩ませています。正直なところ、キャリアの初期には、私も「仕事なんだから、仲良くなんてしなくていい」と割り切ろうとした時期もありました。しかし、数々の店舗の立て直しに関わる中で、繁盛しているお店には必ず、スタッフが互いを尊重し、助け合う「最高のチーム」が存在するという結論に至ったのです。
これからお話しするのは、単なる精神論ではありません。私が現場で実践し、失敗を繰り返しながら磨き上げてきた、最高のチームを作り、スタッフの離職を防ぐための具体的なコミュニケーション術です。一つひとつ、明日からあなたの店で実践できることばかりです。
目次
1. 飲食店はチームスポーツである
あなたは、飲食店をどんなスポーツに例えますか?個人技が光る陸上競技でしょうか。それとも、一対一の格闘技でしょうか。私は、飲食店は紛れもなく「チームスポーツ」だと断言します。それも、サッカーやバスケットボールのように、一瞬たりとも連携が途切れてはならない、極めて高度なチームスポーツです。
考えてみてください。
華麗なドリブルで敵を抜き去るフォワードは、お客様からオーダーを取るホールの花形かもしれません。
正確無比なパスでチャンスを演出するミッドフィルダーは、料理を最高のタイミングで作り上げるキッチンスタッフです。
体を張ってゴールを守るディフェンダーやゴールキーパーは、営業を裏で支える洗い場や仕込みの担当者と言えるでしょう。
どれだけ優秀なフォワードがいても、後ろからのパスがなければシュートは打てません。鉄壁のディフェンスがあっても、点を取れなければ試合には勝てないのです。私が以前、コンサルティングに入ったある店舗では、エース級の腕を持つ料理長がいました。しかし、彼は自分の料理の腕を過信するあまり、ホールスタッフを見下し、連携を全く取ろうとしませんでした。結果、どうなったか。料理は最高なのに、提供が遅れたり、オーダーミスが頻発したりして、お客様の満足度は一向に上がらなかったのです。
この経験から学んだのは、店の評判は、チームの一番弱い部分で決まるということです。洗い物の提供が遅れれば、キッチンは料理を作れません。ホールスタッフの笑顔がなければ、せっかくの美味しい料理も台無しです。全員が「お客様の満足」という一つのゴールに向かって、自分の役割を果たし、仲間を信頼し、パスを繋いでいく。この意識を全員が共有して初めて、飲食店という試合に勝利することができるのです。
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2. キッチンとホールの対立をなくす
【飲食店の永遠の課題】キッチン vs ホール、その対立を乗り越える2つの方法
飲食店の現場における「永遠の課題」とも言えるのが、キッチンとホールの対立です。まるで、水と油のように、決して混じり合えないと諦めてしまっている店長も少なくありません。
なぜ対立は起きるのか?それぞれの言い分
なぜ、連携すべき仲間であるはずのキッチンとホールは対立してしまうのでしょうか。そこには、それぞれの立場からの切実な言い分があります。
- キッチン側の言い分: 「ホールは、お客様の都合ばかり考えて、無茶なオーダーを通しすぎだ!こっちの忙しさが分かっていない!」
- ホール側の言い分: 「キッチンは、料理を作るのが遅すぎる!お客様からのクレームの矢面に立つのは、こっちなんだぞ!」
対立の根源にある「2つの壁」
この対立の根源にあるのは、主に以下の2つの問題です。
- 想像力の欠如: お互いが自分の持ち場のことで精一杯で、相手の立場や状況を想像する余裕がない状態。
- セクショナリズム(縄張り意識): 「自分の仕事はここまで」と、見えない壁を作ってしまうこと。
この根深い問題を解決する、2つの効果的な方法
この根深い問題を解決するために、私が最も効果的だと感じている方法が二つあります。
1. 「1時間ジョブローテーション」で相手を”体感”する
これは、ピークタイムの1時間だけ、キッチンとホールのスタッフの役割を交換してみる、というシンプルな試みです。
もちろん、専門的な調理や接客はできません。
- 具体例
- 洗い物をしていたキッチンの補助スタッフが、ホールの下げ物を手伝う。
- ホールのスタッフが、キッチンの簡単な盛り付けを手伝う。
たったこれだけです。
ある店舗でこれを導入した時のこと。いつもは「ホールは楽でいいよな」と愚痴をこぼしていたキッチンの若手スタッフが、1時間ホールの仕事を体験した後、こう言いました。
「すいませんでした。ホールって、あんなに気を遣って、頭を下げて、走り回ってるんですね…」
彼の表情は、明らかに変わっていました。
相手の仕事の大変さを「知識」として知るのではなく、「体感」として理解すること。
これが、互いへのリスペクトを生む第一歩です。
2. 「共通言語」を持ってチームで対話する
お互いの状況を報告・連絡・相談し、チームとしての言葉でコミュニケーションを取るルールを作ります。
- 具体例(オーダーが集中した場合)
- NGな例: キッチンがただ「無理!」と突っぱねる。
- OKな例:
- キッチン: 「あと5分だけ待ってもらえませんか?」と具体的な時間を提示する。
- ホール: お客様に「5分お待ちいただけますか」と伝えるだけでなく、「最高の状態でご提供するため、もう少々お時間をください」と、キッチンの想いを代弁する。
キッチンとホールは「運命共同体」
キッチンとホールは、敵ではありません。
同じ船に乗り、お客様という目的地を目指す、運命共同体なのです。
お互いの仕事を理解し、尊重し合うことで、お店はもっと強くなれるはずです。

3. 理念やビジョンの共有
「あなたは、何のためにこの店で働いていますか?」
この問いに、あなたの店のスタッフは、どう答えるでしょうか。「給料のため」「家が近いから」…もちろん、それらも大切な理由です。しかし、チームが本当に一つになるためには、それだけでは不十分です。スタッフ全員の心を同じ方向に向ける、強力な磁石のようなもの。それが、お店の「理念」や「ビジョン」です。
理念やビジョンと聞くと、なんだか難しく、額縁に飾られた社長の言葉のように感じてしまうかもしれません。ですが、本来はもっとシンプルで、情熱的なものです。
- 「私たちは、ただの食事を提供するのではない。お客様の人生における、忘れられない一日を演出するんだ。」
- 「この街で一番、『ただいま』と言いたくなるような、温かい場所を作ろう。」
- 「生産者の想いが詰まったこの食材の価値を、一皿に込めてお客様に届けることが、私たちの使命だ。」
私が再建に携わったあるカフェでは、業績不振からスタッフの士気が下がりきっていました。そこで、オーナーと一緒に店の理念を「一杯のコーヒーで、お客様の今日という一日を、少しだけ上向きにする」と再定義しました。そして、この理念を毎日の朝礼で全員で唱和し、壁にも大きく貼り出したのです。
最初は、スタッフも半信半疑でした。しかし、この理念を意識し始めると、彼らの行動が少しずつ変わり始めたのです。 お客様が疲れた表情をしていれば、「何か良いことありますように」と心の中で思いながら、いつもより丁寧にラテアートを描く。 常連のお客様が来店すれば、「いつものですね!」だけでなく、「今日は少し肌寒いので、温まっていってくださいね」と一言添える。
こうした小さな行動の変化が、店の空気感を劇的に変えました。お客様は、その温かい雰囲気に惹きつけられ、リピーターが増え、売上はV字回復を遂げたのです。
理念やビジョンは、チームが迷った時に立ち返るべき「北極星」です。忙しさで心がささくれだった時、クレーム対応で落ち込んだ時、「私たちは、何のためにここにいるんだっけ?」と思い出させてくれる道しるべとなります。この北極星が輝いている限り、チームという船は、決して進むべき道を見失うことはありません。
4. 日々の朝礼・終礼の重要性
「忙しいんだから、朝礼なんてやってる暇はないよ」。そう考える店長もいるかもしれません。しかし、それは大きな間違いです。たった5分、10分の朝礼・終礼を毎日続けることが、チームの一体感を醸成し、営業の質を劇的に向上させるのです。日々のミーティングは、単なる業務連絡の場ではなく、チームの心拍数を合わせるための「チューニング」の時間です。
朝礼:一日の始まりのスイッチを入れる
朝礼の目的は、その日の営業の成功イメージを全員で共有し、ポジティブな雰囲気でスタートを切ることです。私が推奨している朝礼の構成は、以下の3ステップです。
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理念の唱和:
まずは、お店の理念やビジョンを全員で声に出して確認します。これは、チームの向かうべき方向性を再認識するための、大切な儀式です。 -
情報共有:
予約状況、日替わりメニューのポイント、品切れ情報など、その日の営業に必要な情報を簡潔に共有します。ここでは、キッチンとホールが直接顔を合わせて情報を共有することが、後の連携ミスを防ぎます。 -
ポジティブな一言:
これが最も重要です。店長が「今日も一日、元気に頑張ろう!」と精神論を叫ぶだけでは不十分。スタッフ一人ひとりに、簡単な目標や気づきを一言ずつ話してもらうのです。「今日は、新人の中村さんに仕事を一つ教えてあげたいです」「昨日、お客様から『美味しかったよ』と言われて嬉しかったので、今日も言ってもらえるように頑張ります」。こうしたポジ-ティブな言葉が、チーム全体のモチベーションに火をつけます。
終礼:一日の疲れを癒し、明日に繋げる
終礼は、一日の反省会ですが、「ダメ出し」の場にしてはいけません。目的は、今日の経験をチームの財産として蓄積し、感謝の気持ちで一日を締めくくることです。
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成功体験の共有:
「今日の良かったこと」を全員で共有します。「鈴木さんが、お子様連れのお客様にさっと膝掛けを渡していて、素晴らしいと思った」「キッチンの連携がスムーズで、過去最高の提供スピードだった」。良かった点を具体的に褒め合うことで、互いの仕事への関心とリスペクトが深まります。 -
課題の共有と改善策:
ミスやクレームがあった場合は、個人を責めるのではなく、「なぜそれが起きたのか」「どうすれば防げるか」をチーム全員で考えます。「オーダー端末の表示が分かりにくかったのが原因かもしれない」「明日は、ダブルチェックの体制を取ってみよう」といった、前向きな改善策に繋げることが大切です。 -
感謝の言葉:
最後に、店長からスタッフへ、そしてスタッフ同士で「今日も一日、お疲れ様でした。ありがとう」と感謝を伝えて終わります。この一言が、一日の疲れを癒し、「また明日も頑張ろう」という気持ちにさせてくれるのです。
朝礼と終礼は、チームという生命体を維持するための、いわば「呼吸」です。この呼吸を毎日続けることで、チームはしなやかで強靭な筋肉をつけていくのです。
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5. 感謝を伝え合う「サンクスカード」
「ありがとう」。 この言葉は、人間関係における最強の潤滑油です。しかし、忙しい飲食店の現場では、ついこの大切な言葉を伝えそびれてしまうことが少なくありません。心の中では「助かったな」と思っていても、それを口に出すタイミングを逃してしまう。この小さなすれ違いが、少しずつチームの溝を深くしていきます。
そこで、私が多くの店舗で導入し、絶大な効果を上げているのが「サンクスカード」という制度です。 やり方は、驚くほど簡単。
- 名刺サイズの小さなカードとペン、そして掲示用のコルクボードを用意します。
- スタッフは、仕事中に仲間から助けてもらったり、素晴らしい仕事ぶりを見たりした時に、その感謝の気持ちをカードに書いて相手に渡します。
- カードを受け取った人は、それをコルクボードに貼り出します。
ポイントは、「誰が、誰に、どんなことで感謝しているのか」を具体的に書くことです。 「田中さんへ。私がグラスを割ってしまった時、嫌な顔一つせず、すぐに片付けを手伝ってくれてありがとう。本当に助かりました!」 「キッチンの中村さんへ。今日のパスタのソース、最高に美味しかったです!お客様も絶賛していましたよ!」
正直に言うと、私自身、最初にこの制度を知った時は「少し照れくさいし、面倒くさいんじゃないか」と半信半疑でした。しかし、ある店舗で導入してみると、私の予想をはるかに超える化学反応が起きたのです。
コルクボードが、日を追うごとにサンクスカードで埋め尽くされていく。その光景は、まさに「感謝の可視化」でした。自分が書いたカード、もらったカード、仲間同士が交換しているカード…。それらを見るたびに、スタッフの心に温かい気持ちが広がっていきます。
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承認欲求が満たされる:
自分の仕事ぶりを誰かが見ていてくれる、評価してくれている、という実感が、仕事へのモチベーションを高めます。
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他者への関心が深まる:
感謝を伝えるためには、仲間の仕事ぶりを普段からよく観察する必要があります。自然と、他者への関心やリスペクトが生まれます。
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ポジティブな雰囲気が醸成される:
感謝の言葉が飛び交う職場は、自然と明るく、前向きな雰囲気に包まれます。
サンクスカードは、お金をかけずに、今すぐ始められる最高のチームビルディングです。最初は照れくさいかもしれません。まずは店長であるあなたから、スタッフ一人ひとりへの感謝をカードに書いて渡すことから始めてみてください。その小さな一枚が、チームの空気を変える、大きなきっかけになるはずです。

6. 定期的な個人面談とキャリア相談
あなたは、お店のアルバイトスタッフ一人ひとりの「夢」や「目標」を知っていますか? 「ただの人手」としてではなく、「一人の人間」としてスタッフに向き合うこと。これが、信頼関係を築き、長期的に働いてもらうための鍵となります。そのための最も有効な手段が、定期的な個人面談です。
ここで言う個人面談は、店長が一方的に評価を言い渡す「査定面談」とは全く異なります。主役は、あくまでスタッフ自身。店長は、彼らの話に真摯に耳を傾ける「聞き役」に徹します。
私が面談で必ず聞くようにしているのは、以下の3つの質問です。
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最近、仕事で楽しかったこと、大変だったことは?
日々の業務の中で感じている、ポジティブな感情とネガティブな感情を吐き出してもらいます。楽しかったことは、そのスタッフのやりがいや強みを知るヒントになります。大変だったことは、職場環境の改善点や、そのスタッフが抱える課題を早期に発見するチャンスです。 -
この店で、これから挑戦してみたい仕事はある?
「ホールだけでなく、キッチンの仕事も覚えてみたい」「新メニューの開発に関わってみたい」「新人教育を任されたい」。スタッフの意欲や向上心を引き出すための質問です。彼らの「やってみたい」を積極的にサポートする姿勢を見せることが、エンゲージメント(仕事への熱意)を高めます。 -
将来的には、どんな自分になりたい?(キャリア相談)
これは、特に重要な質問です。「将来、自分のお店を持ちたいんです」「飲食店とは違うけど、Webデザイナーになりたくて勉強中です」。彼らの人生の目標を知ることで、店長として何ができるかを考えることができます。 例えば、独立を目指すスタッフには、「店の経営数値の一部を見せながら、仕入れや原価管理のノウハウを教える」。別の夢を持つスタッフには、「学業や夢のための活動を優先できるよう、シフトを柔軟に調整する」。 一見、お店の利益とは関係ないように思えるかもしれません。しかし、「この店長は、自分の人生を応援してくれている」という強い信頼感は、何物にも代えがたい財産です。たとえ彼らがいつか店を卒業していくとしても、在籍している間は、最高のパフォーマンスで貢献してくれるでしょう。そして、卒業後もお店のファンとして、良い評判を広めてくれる応援団になってくれるのです。
個人面談は、スタッフの心に寄り添い、未来への羅針盤を一緒に考える時間です。この時間を大切にすることが、結果として、お店にとって最も価値のある投資となるのです。
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7. 風通しの良い職場を作るためのルール
チームの雰囲気を悪くする最大の要因は、「不満」や「不安」が口に出せずに、水面下で渦巻いている状態です。誰かがミスをしても、見て見ぬふり。改善したいことがあっても、「どうせ言っても無駄だ」と諦めてしまう。そんな「風通しの悪い」職場では、最高のチームワークは生まれません。
風通しの良さとは、つまり「心理的安全性」が確保されている状態のことです。スタッフ全員が、「この場所では、どんな意見を言っても、馬鹿にされたり、罰せられたりしない」と安心して感じられること。この環境を作るためには、明確なルールが必要です。
私が現場で徹底している、風通しを良くするための3つのルールをご紹介します。
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陰口・噂話の禁止
これは、チームの信頼関係を最も破壊する行為です。問題があるなら、本人に直接、建設的に伝える。それができないなら、店長に相談する。本人不在の場所で不満を言い合うことは、百害あって一利なし。これを絶対的なルールとして、店長自らが率先して守り、違反者には厳しく注意します。「あそこに行けば、誰かの悪口を聞かなくて済む」という安心感が、職場を健全に保ちます。 -
ミスは「個人」ではなく「仕組み」で改善する
飲食店でミスはつきものです。オーダーミス、料理の出し間違い、クレーム対応の失敗…。ミスが起きた時、やってはいけないのが「誰がやったんだ!」と犯人探しをすることです。個人を吊し上げても、萎縮するだけで、何の解決にもなりません。 大切なのは、「なぜ、そのミスが起きたのか?」という原因を、仕組みの観点から考えることです。 「オーダーを復唱するルールが徹底されていなかった」「似たような名前のメニューがあって、間違いやすかった」「忙しい時間帯に、一人のスタッフに業務が集中しすぎていた」。 原因が分かれば、チーム全員で「じゃあ、明日からこうしてみよう」と具体的な再発防止策を考えられます。ミスは、チームが成長するための貴重な学習機会なのです。
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「全員が改善提案者」という文化を作る
「もっとこうしたら、効率が良くなるのに…」。新人やアルバイトスタッフほど、固定観念に縛られていない、新鮮な視点を持っているものです。彼らの小さな気づきの中に、お店を大きく変えるヒントが眠っているかもしれません。 日報や終礼の場で、誰もが気軽に「改善提案」を言える雰囲気を作りましょう。どんなに小さなことでも、「良いね、それ!明日からやってみよう!」と店長が積極的に採用する姿勢を見せることが重要です。自分の意見が尊重され、お店作りに参加しているという実感(当事者意識)が、スタッフの主体性を引き出します。
これらのルールが守られることで、職場は単なる作業場所から、誰もが安心して意見を交わせる、創造的なチームへと変わっていくのです。
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8. 店長のリーダーシップと傾聴力
これまで様々な手法をお話ししてきましたが、結局のところ、チームの人間関係は、店長というリーダーのあり方一つですべてが決まると言っても過言ではありません。スタッフは、店長の言葉ではなく、その「背中」を見ています。店長が示すリーダーシップのスタイルが、そのままお店の文化を形作るのです。
指示を出すだけの「ボス」ではなく、チームを導く「リーダー」になるために、最も重要なスキルは何か。それは、「傾聴力」です。つまり、相手の話を深く、真剣に聴く力。多くの店長は、「話す」ことには長けていますが、「聴く」ことが苦手です。
スタッフが何かを相談しに来た時、あなたはこんな態度を取っていませんか?
パソコンの画面を見ながら、生返事をしている。
相手の話を遮って、「要するに、こういうことだろ?」と自分の解釈を押し付ける。
すぐに「でも」「だって」と否定から入る。
これでは、スタッフは「この人に話しても無駄だ」と心を閉ざしてしまいます。 本当の傾聴とは、まず自分の意見や判断を一旦脇に置き、相手の世界に100%入り込むことです。
体を相手に向け、目を見て、頷きながら聴く。
「うん、うん」「それで?」と、相手が話しやすいように相槌を打つ。
分からないことがあれば、「もう少し詳しく教えてくれる?」と質問する。
相手が話し終えるまで、決して口を挟まない。
私が最も尊敬していた、あるレストランの支配人は、まさに「傾聴の達人」でした。彼は、どんなに忙しい時でも、スタッフが話しかけてくると、必ずその場で作業の手を止め、まっすぐに相手と向き合って話を聞いていました。彼の口癖は、「君はどう思う?」「君ならどうする?」でした。決してトップダウンで命令するのではなく、スタッフ一人ひとりの考えを引き出し、尊重し、任せる。だから、スタッフは皆、彼を心から信頼し、主体的に動く最高のチームができていたのです。
リーダーの仕事は、完璧な答えを出すことではありません。チームの中から最良の答えを引き出し、全員が納得して前に進める環境を作ることです。そのためには、まずスタッフの声に、誰よりも真剣に耳を傾けること。その姿勢こそが、チームの心を一つにする、最強のリーダーシップなのです。

9. 人間関係が理由の離職を防ぐ
飲食業界が抱える最も深刻な問題の一つが、高い離職率です。そして、その離職理由の上位に常にランクインするのが、「職場の人間関係」です。一人のスタッフが辞めることによる損失は、私たちが想像する以上に大きいものです。
新たな人材を採用するための求人広告費
採用にかかる面接などの時間的コスト
新人を一から教育するための研修コスト
新人が戦力になるまでの、他のスタッフへの負担増
ある調査によれば、一人のスタッフを採用・育成するためにかかるコストは、数十万円にもなると言われています。もし、あなたの店で年に数人が人間関係を理由に辞めているとしたら、それは年間で百万円以上の「見えない損失」を生み出しているのと同じことなのです。
これまでお話ししてきたコミュニケーション術は、すべて、この離職という最大のリスクを未然に防ぐための「予防策」です。
理念を共有し、仕事のやりがいを感じられる環境を作る。
サンクスカードで、承認欲求を満たし、貢献を実感できる文化を作る。
個人面談で、不安や不満を早期にキャッチし、キャリアを応援する。
風通しの良いルールを作り、心理的安全性を確保する。
店長が傾聴することで、信頼関係を築く。
これらは、決して「お人好し」の経営ではありません。スタッフの定着率を高め、採用・教育コストを削減し、熟練したスタッフによる質の高いサービスを提供するための、極めて合理的な経営戦略なのです。
辞める時のアンケートや、辞めた後の噂で「人間関係が最悪だった」と知っても、もう手遅れです。大切なのは、辞める兆候が出てから慌てて対策するのではなく、普段からスタッフが「このチームで働き続けたい」と心から思えるような、ポジティブな人間関係を意図的に築き上げていくこと。その地道な努力こそが、お店を静かに蝕む「離職」という病から、あなたのお店を守る唯一の方法です。
10. 最高のチームが最高の飲食店を作る
ここまで、最高のチームを作るための様々なコミュニケーション術についてお話ししてきました。理念の共有、ジョブローテーション、サンクスカード、個人面談…。これら一つひとつは、決して難しいことではありません。しかし、これらが組み合わさった時に生まれる相乗効果は、計り知れないものがあります。
最高のチームができた時、お店にはどんな変化が起きるでしょうか。
まず、スタッフの表情が変わります。やらされ仕事の暗い顔ではなく、自らの仕事に誇りを持ち、仲間を信頼する、活き活きとした表情になります。キッチンからは活気のある声が聞こえ、ホールには自然な笑顔が溢れる。このポジティブなエネルギーは、言葉以上に雄弁に、お店の魅力を伝えます。
次に、サービスの質が劇的に向上します。スタッフ同士が常に連携し、互いの状況を察知し、先回りしてサポートし合う。誰かが困っていれば、言われる前に誰かが手を差し伸べる。マニュアルには決して書けない、こうした「阿吽の呼吸」から生まれるサービスは、お客様の心を深く打ちます。
そして、最も重要なこと。それは、スタッフ自身が、自分のお店の「一番のファン」になることです。「うちの店の料理、最高なんですよ!」「うちのチーム、本当に仲が良いんです」。彼らが自分の言葉で、友人や家族にお店の魅力を語り始める。これほど強力な宣伝はありません。
お客様は、料理の味や値段だけでお店を選んでいるわけではありません。お店のドアを開けた瞬間に感じる「空気感」や、スタッフから伝わってくる「熱量」を、敏感に感じ取っています。最高のチームが醸し出す温かく、心地よい雰囲気こそが、お客様が「また来たい」と思う、最大の理由になるのです。
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「ただの職場」から「最高のチーム」へ。明日からできる、はじめの一歩
人間関係の構築には、特効薬はありません。しかし、今日から始められる、小さな一歩があります。
まずは、この記事で紹介した中から、たった一つで良いので、あなたの店で実践してみてください。 終礼で「今日の良かったこと」を共有する時間を作る。 たった一枚でも、スタッフへの感謝をサンクスカードに書いて渡してみる。 アルバイトの学生に、「将来の夢は何か」と、少しだけ踏み込んで聞いてみる。
その小さな行動が、あなたのチームを変える、確かな一歩となります。料理の腕を磨くこと、新しいメニューを開発することと同じくらい、いや、それ以上に、最高のチームを作ることに情熱を注いでみてください。その先には、スタッフからもお客様からも愛される、あなたの理想の飲食店が待っているはずです。


